国道45号線 旧弥生沢橋その2





旧道を走り抜くと、一車線の町道へと出た。
ここより先の車両進入は不可能なので車両を残置し
徒歩にて旧道を辿る




旧道があったと思われる場所は広大な農耕地となっていた
資料では旧道はこの農耕地を真っ直ぐに突き抜けていた様である。




雪が積もっているとはいえ、農耕地を突っ切る訳には行かないので
農耕地を迂回するように進む。




農耕地のほぼ対岸に当たる場所に旧道とおぼしき道路跡を発見した。
この旧道跡を下り、右カーブを進むと旧弥生沢橋へとたどり着く。




そして、カーブを過ぎると、コンクリートの残骸が散乱していた。
これが目的であった弥生沢橋に間違いない。
しかし、橋は発見したが土橋の意味が全く分からない・・




沢に下り詳細を見てみる。
北側の橋台付近は良く状況を残しているが南側は完全に崩れている
沢に散らばるコンクリ片には石も混じっているので
どうやら南側の橋台が倒れ込んで砕けた様である。




橋台部分は昭和初期でよく見かける「コンクリート+丸石」である
断面が荒い所を見ると、貼り合わせた一部は剥離している様である。




河床に散らばるコンクリート片も同様の丸石が練り込まれているので
残骸の大半が南側橋台の物である。




対岸の路盤に立つ。
付近にはコンクリ片の他にトタン等や床版とおぼしき
コンクリート板も散らばっている
確信は全く無いが土橋というのはつまり
「コンクリート製の橋梁に土を盛り、路盤の高さに合わせた物」では無いだろうか?
橋台の位置と路盤の位置から推測してコンクリート橋に1mほど土を盛り
砂利を敷いた物・・ つまり上部構造の一部に土が使われていたために
「土橋」という表記を使用したのでは無いだろうか?







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